カテゴリー「メンタル系」の28件の記事

2009年10月 8日 (木)

いろいろはしょって言えば、やっぱり、「人は一人じゃない」

っていうことなんだろうか。

人を信じない冷たい人間が生きていけるのは、ここが人を信じる世界だからじゃないかな。

悲劇の結末のあと、まだ生きていたら、そこはまた物語の始まりになるんだろうか。

反応を拒否して脳内を晒して許されたつもり。

にじみ出して溶け出してしまうのを阻止しようと皮を厚く厚く。

けれど最初からにじみ出さす必要なんかなかった。

弱くて意気地なしで卑怯で計算高いわたしはいつも病気になる

不安の出所を知りたがるから不安になる

感じても寝そべったままだから飲み込まれる

世間話を立ち聞きして、自分の完璧主義を反省する。

命乞いと「愛」は別物

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2009年6月10日 (水)

さみしさの大きさ

同じ「病」を持つある女性と話しいて、
「さみしさがとってもでっかい」、という話になった。

すごく共感した。

わたしもその「耐えきれないさみしさ」にずっと翻弄されてきた人間だから・・・。



人はみんなさみしい。

だけどたぶんそれは
自分でひき受けられるくらいの大きさなんだと思う。

押し潰されて飲み込まれ、狂ってしまうほどのさみしさじゃないんじゃないはず。


心を病むような人は、

「さみしさのでっかさが、規格外」とでもいうか・・・。

だから、そういう人間が「規格内の人間のために作られた場所(社会)」で
生きていくためには

「さみしさ」を個人レベルで引き受けられる程度まで

調整することが必要なのかもしれない。

それが「治療」であり「回復」なんじゃないか・・・と思う。

さみしさで暴走しなくなれば、人は変われると思う。

自分のさみしさを「具体的に」知ることは、すごく苦しいことだけど・・・。

でも。

この「調整」は、どこまで必要なの?

と、最近思う。

調整というのは、社会に適応できるように自分を治していくこと。

わたしもそれをずっとずっとやってきたけど、

ふと冷静になれば。。。。

その「社会」は、本当に間違ってないのか?と。。。

間違ってる、とまでは言わないけど、少なくとも、

「狂わない程度の規格内の人間」がどんどん狂ってしまっている今、

社会だって「変わり時」なんだと思う。

急場しのぎで焦って、

わたしたち「規格から狂っちゃった(ズレちゃった)人間」に、

よくわかんない「病名」や、

よくわかんないクスリを与えて、とりあえず「大人しく」させてるんだろう・・・

でも、そうやってズレた人間を抑えるだけでいても、

「規格」からずれていく人はどんどんあらわれる。(うつ病発症率がいい例だけど)

痛手が少ないうちに変わらないと駄目だと思う。

痛手が少ないっていうのは、規格内だと思っている人たちが、ズレる前。

でも、結局、自分の世界に目に見える不利益(痛み)がないと変われないのが、

人間なんだと思う・・・・

(てかわたし自身がそう。生きるために必要なことしかできない)

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2009年5月 9日 (土)

「このままじゃ「何か」が崩壊する、精神科に行け!」について。

統合失調症の本の感想のとこにかいたの続き。


「何かが崩壊する」とき、わたしはノイローゼになる。
その「何か」は…

「自分で作っている壁」。

自分を抑圧できる限界。
でも壁が崩壊したら、その後
出会うであろう現実に
恐怖、不安

解放されたい&抑えたい自分
葛藤で
ノイローゼになる(みっつめの選択肢)


解放されたがってる自分と、制圧しようとする自分とのバトルがノイローゼ


クスリと外的環境で
「解放されたい側」が勝利すると
動きだす…

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2009年5月 5日 (火)

幸せになる方法

わたしの母親は、わたしに

「お母さんは、おばあちゃんに、「お前達のために働いてるんだ!」って言われてきて、

ずっと嫌だったの。

なによ!頼んだワケじゃないのに!勝手に産んだクセに!って思った。親が大嫌いだった。

だからね、お母さんは、自分の子供が出来たら、絶対にそんなふうには

言わないって決めたのよ。わたしは子供にそんなことを言う親にはならないぞ、って、決めたのよ。」

と言って、誇らしげだった。

わたしは母親を「誉める役割だったので、「お母さんは偉いね、やさしい人だね」と誉めた。

母も親から見捨てられた子供だったから、どうしようもない。

そして、わたしもまた縛られる。

母親は、わたしに「お前のために働いてるんだ」と言いたいけど、我慢してくれている。

そんな優しい、立派な母親を、嫌うわけにはいかない。

わたしのために、やりたくもないことをやってくれているんだ。

感謝しなくちゃいけない。わたしのために、何もかも犠牲にしてくださっているんだから。

わたしも我慢しなくちゃ。

わたしにもやりたいことあるけど、可哀想な母のために、我慢して母をまもらなくちゃ・・・・

不幸な人って、自分の不幸で溺れそうになってる。

心の中に不幸の大嵐が渦巻いていて、いつもパニック寸前。

何かにしがみつきたくて仕方がない。苦しくて苦しくて、とにかく助けて欲しい。

ちょこっと心のボタンを押したら、わんわん泣いちゃう。

つらくてつらくて、ほんとうは泣きわめきたい人。

だから、人を幸せにする余裕なんて無い。

人を幸せに出来るのは、幸せな人だけ。

不幸な人は、それがわかってない。

不幸な親(人)は、子供に自分を幸せにして欲しいと思ってる。

だけど違う・・・

自分が幸せにならないと、人は人のことなんか考えられないんだから。

「わたしはあんたのために犠牲になってるんだから、わたしを助けなさいよ」と脅すのは

逆効果。子供が小さいうちはいいけど、大人になったら、そんな脅しをする親からは逃げていく。

弱いうちは、脅しでいいなりにできる。

だけど子供はずっと無力じゃない。

脅されてきたら、力を得たあと、復讐されるかも知れないのに。

不幸な親は、目先のことしか考えられないから、それもわからない。

じゃあどうしたらいいか。

自分が幸せになるしかない。

幸せになるにはどうしたらいいか。

とにかく、

「自分にとっての幸せって何なのか」

それを考える。

世間で言われてる「女の幸せ」とか

そんなできあいのものに惑わされない。

そんなの・・・

世の中はそのほうがラクにまわるから、だれかが大昔に適当に決めたこと。

もう時代おくれ。・合ってない。

母達の時代はもう終わった。あの人達はもうあのまま消えていくしかない(このままでいいと言い切るひとならそれしかない)

今を生きてるの私たちが、終わった人達と心中する必要なんかない。

自分にとっての幸せは何か??

自分ってなんなのか???

考える。

「普通の幸せが欲しかっただけなのに・・・」って呟くなら、

自分が「普通なのかどうか」、それを考える。

普通って何?普通の女って何?

弱くて可愛い女が「普通」なら、

強くて可愛くない女に「普通の幸せ」なんてないから。

普通の幸せなんていらない。

わたしは「わたしの幸せ」がいい。

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2009年5月 4日 (月)

自己分析しまくる。「本当」にこだわるじぶん。

「本当のことだけかきたいんです」と言い切っていたのは何故

自分の世界を狭めることなのに、ずっとそれしかできなかった。

わたしは意気地が無くて、面と向かって人に自分をさらけだすことが出来ない。

なんとか少しでも出来るのは、

酒飲んでる時か、クスリでリラックスしてるか、痩せてるときだ。(←ヘンだけどそうなの)

それも含めて、私の対人方法はいろいろ薄汚い・・・(v_v)

「本心を書く」ことで、欲求不満を解消してきた。

だから、書くことにまで誰かに介入されたら、書く意味がなってしまう。

人に媚びて、人に虐められないように書くなら、「生身」と同じだから。

だからわたしはブログが大好きなんだと思う。自由に本心を垂れ流すことが出来るから。

と…「本当を書きたい執着」の自分謎が解けたところで…

そろそろと「本当」から離れたい・・・・

いや、ちがうか…

「本当」と「事実」、「現実」、それを離したい。

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2009年4月30日 (木)

愛について

わたしが「愛」と思って恐れてきたのは、

「支配する・される」っていう「人間関係」で。

「愛してるよ、愛してるんだからね、愛してるんだから、ちゃんと頼むよ」

っていう言葉で相手を追い込んで、

自分の都合のいいように利用することが「愛」なんだと思っていた。

そう「教育」されて、それを実行して生きてきた。

でも、どうやら違うみたい。

相手を自分の都合良く利用したいとき、誰かがそこに「愛」っていう名前をつけた。

「愛」を遂行しないことは悪いことだ、っていう世の中のブームを利用して。

それだけのことだった。

わたしは長いことだまされてた。

でも、それなら。

「愛」ってなんなの?

と。

「愛」ってなんなんでしょうね?

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2009年4月24日 (金)

女心療内科医との会話

この町でのかかりつけ精神科をつくった。

初めての女性心療内科医。きさくに自分のことを話してくる

50代くらい。自分のプライベートをこんなに話す医者ははじめて。

数日、抗鬱薬を切らしていた。

「離脱症状はなかった?」

としきりに聞かれた。

「離脱症状」って結構ヤバイらしい。

「うつ状態が再発する」とかじゃなくて、

クスリが身体から消えた時点で、

救急車で運ばれるような人もいるという。

えー。

そんなのあるんだ・・・・知らなかった。

今までの医者はそんなこと教えてくれなかった。

3日間問題なくすごしたなら、離脱をやりすごしたということらしい。

そして、抗うつ薬をやめることになった。

抗うつ薬をやめる。

やった・・・。

今回は何年飲んだっけ?

一年半・・・二年弱だ。

「いい方向に向かってる状態だと思うので、この機会にやめましょう」

顔が熱くなった。涙が出そうになった。奥歯を噛みしめて我慢した。

いい方向に向かってる。

いい方向に向かってるんだ。

やっと・・・。

診察は初診と言うこともあって、

ずいぶんと長かった。

女先生は、自分のことを早口で話し続けた。

女先生自身も転勤族だということ、

一カ所に根を下ろすのが嫌で、なんどもなんども転勤を繰り返していること。

(50代半ばに見えるのに、いまこの5年間が最長だという)

この町は夏が無くて、ずっとずっとしめっぽくて、あなたもきっと嫌になるわよ、ということ。

でも、最近は自分の老いた親がボケてしまって、ついにこの場所に呼んでしまったこと。

わたしは相づちを打ちながら、ふと、女先生が独身なのかどうかが気になった。

でも、女先生があんまりにも早口なので聞けなかった。

そして一気に話して、女先生は、

だからもう、身動きが取れないのよ、と言って、ははは、と

笑った。

わたしの番だ、と思った。

なぜか、今こそわたしの番なんだ、と思った。

「先生にとってはこの町が特別になったんですね」

生意気かな、と思ったけど、そんなことを言った。

そして、また早口が始まりそうな

女先生の口元を見て、あせってすぐ喋りだした。

「あの、わたしも、今回、旦那の転勤なんですけど、でもわたしも、

自分の意思でここに来たんです。

わたし・・・・今までは、ずっと、誰かのせいにしたり、誰かにやってもらったりして、

ずっと「本当は違うのに」って思う気持ちがあって。

でも、今回は、はじめて自分で選んだんです。

どんなふうにでも生きていいんだ、そう思ったとき、はじめて選べる自分がいて。

自由があって。自由になったんだと思って。あの、そのときわたしが選んだのが

ここにくることだったんです。

ここが、はじめて、自分で選んだ場所なんです。

あの、だから、はじめて、自分が選んだ場所なんです・・・・」

最後のほうは声が小さくなってしまった。

顔が熱くなった。

液体が鼻と目の奥から押し出されてくる。流れ出しそう。決壊しそう・・・

わたしはぎゅーっと顔に力を入れた。

しょっぱい味がした。

液体はまた奥に戻っていって、言葉だけが外に出た。

はじめて言葉と涙が別々になった気がした。

女先生はわたしを見定めるような、見透かすような目で、じーっと見ていた。

そしてまたすぐ早口で

「そうですか。それはよかったわ。この町は、好きで来た人にはすっごくいい町だっていうから!」

と言って、にっと笑った。

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2009年4月17日 (金)

クスリやめたいなー

抗鬱薬がなくなってきた。あと1日ぶん。

また精神科か心療内科に行かなくちゃいけない。

精神科って疲れるんだ。。。。

安定剤はだいぶ抜いてる。どーしてもダルイとき一回くらい。

頭痛いけど、頭痛薬もやめてる。

胃もいまひとつだけど、胃薬も引っ越しのときにどこかに紛れて飲めてない。

婦女子の友コーラックもやめてる。

わたしは今までクスリ使いすぎた。

体のことまで考える余裕がなかった。

まあこのままずっとクスリに頼って生きてもいいんだけど、

相方のためにも、少し、健康になりたいのだ・・・・。

クスリじゃなくて、「みんな」がやってる方法で、よくなるならそれにしたい。

ヤサイ食ってみようかとか。

ちょっと歩こうかとか。

(年取っただけか)

アタマの病気が人生の中心だった時代をここらで切り替えたい。

いきなりは無理だけど、どーにか・・・あがきたい。

アタマの病気にかけこまない人生にしたい。

精神科の本も書いたし。

自分からひっぺがして、前に進みたい。

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2009年4月10日 (金)

すぐ故障する車をあてがわれたんだとしたら

10回も神経症にかかるなんて、わたしってやっぱり

「精神病に近い性質(性格)」なのかもしれない。

まあ、そういう病名もあるんだけど、病名があったところで

救われることもないし。

ただ。

「努力すれば、精神科にかかったことがないような、

普通の人のような性質にわたしもなれるはず。それがゴールなんだ」

という夢を

捨てなければなと思う。

努力したってなれないものにはなれない。

頑張ったって無駄なのだ。

「病名」があるとしたら、そう思えることが唯一の救いかな。

無駄な努力をしなくてすむこと。

病気に近い脳味噌、って、

外から見えないから、勘違いしてしまう。

手がない人はすぐ見てわかるけど、

脳の、すぐには見てわからない「欠陥」はわかりづらいから、

自分がまず、騙されてしまう。

頑張れば自分もできるんだと。

それは話が違うことなのに。

手がない人が、努力して、手がある人と同じことが

できたりする。でもそれで

「やった、出来た。このままもっと頑張れば、手が生えてくるぞ」

と思ったりしないだろう。

そんなこと考えてたら、ビョーキと思われるよね。

でも、脳の場合は、勘違いしちゃうんだよね。

見えないから。

「頑張れば、自分だって○○になれるんだ」

そう思うことだって、ビョーキに近いのかも。

自分のことをわかってないからそういう事を言う。

一度死ぬほど頑張ってみろ、と言いたい。

諦めがつくから。

絶望するまで頑張ってみやがれ、ってんだ。

これ以上やったらもう死ぬ、ってところまでやってから、

もっかいそう言って見ろ。

それで言えたらすげーけど。

絶対いえねーから。

夢一切見なくなんだぞ、まじで。

寂しいんだぞ、結構。

それはまあおいておいて。

同じ新車を買っても、なぜかすぐ故障する車がある。

わたしはそんな車を貰ったのだろう。

それが私の脳味噌。

大部分の新車が10回に1回故障するところを、

わたしは10回に5回、6回、7回、8回故障する。

そのたびに脳の病院に行って、ご相談。

どうやったらまた

公道を走れるか。

修理、修理、修理。

でも、故障した箇所ばかりみて、

なぜわたしの車が故障するのか、

その原因からは

目をそらしてきたような気がする。

なぜなら、わたしが「劣等」だということを直視することになるから。

みんな割りとマトモな車なのに、

私の車は「劣等車」なのだ。なんで。

なんでなんだ。

自分が人より「劣っている」といことを、認めたくなかった。

だから見ようとしなかった。

修理して動くようになるんだから、

わたしだって「人並み」だ、と言い張った。

だけどもう疲れた。

そして、気が付いた。

わたしは車だったのだ。

車を運転しているのが私じゃなく、車そのものがわたしだった。

だからつらかったのだ・・・・。

劣等なのは「わたしという人間」と思っていた。

「みんな」はあてがわれた自分の車の運転をしていたのだ。

だから、車が壊れても、あわてるけど、絶望はしないんだろう・

わたしは自分を車そのものだと思っていた。

だからわたしの車には運転する人がいなかったのだ。

わたしはわたしを運転してくれる人が欲しかった。

誰も乗っていないとき「わたし」という車は、

ぶつかってぶつかって、ボロボロ、廃車寸前になってく。

乗られたり、振り落としたり、手を伸ばしてみたり。

そしてやっと気が付いた。

そのときはもう、このままじゃ壊れる、と思ったとき。

このままじゃ死ぬ、って。

見た目がダメだって、能力がダメだって、

「自分の存在がダメ」ということじゃない。

それがわかってなかった。

わたしは車をやめた。

そして「運転席」に乗り換えて・・・・

なんだここは?天国か?、と思う。

簡単に言えば、自由。

どこにだっていけるんだ。

自分の車をよく見て、行きたい場所と、行ける場所を判断する。

なんだ、ポンコツ車だって、ポンコツなりに、

それなりに行きたいところへ行けるジャンか・・・と。

故障しやすい車をあげがわれた人生。

これが「不公平」っていうことなんだ。

でもわたしにはこの車しかないのだ。

この車の運転手はわたし。

他の誰でもない。わたしはわたしのこのボロ車の責任者。

ヴァカだから、ふとした瞬間にまた車に戻ってしまいそう。

こわいこわい病にかかって、病気を運転席に乗せちゃいたくなる。

病気に自分を運転されちゃうことなのかも、精神病って。

しばらくは安全運転で行きたいなー。

交通ルールを学びましょう、ポンコツ車なりに。

ほんとはわたしは「劣等」じゃなくて、ただの「マイノリティ」(少数派)。

この世で言う「ハズレ車」に当たっちゃったっていうだけの、少数派。

数が少ないから仲間も少ないけど、

まあそれなりに・・・

ポンコツなりに走ればいいい。

二度とない、わたしという人間の時間。

平均値ではあと半分。

もう半分きたんだわ。

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2009年3月15日 (日)

過去(自分)から逃げ回る私

自分を受け入れられないと、

自分が書いた過去の言葉や、行動や考えも耐えられない。

だから、ブログやホムペをやってる期間はそれなりに長いのに、

何回閉じたかわからない。

「こんな自分嫌だ!」と思うと、止まらなくて、消してしまう。

自分もまわりも(←失礼な話だが)リセットしたくなる。

でも吐き出し場所は欲しいから、またすぐ開く。

このブログはどれくらい大丈夫かな。

昔よりは大丈夫だと思うけど・・・==

もし消えたら、

「あーこの人まだ現実受け入れられないで逃げまわってんだなー」

思ってやって下さい。

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2009年3月 5日 (木)

ニートと主婦

結婚一年目。

結婚したら、いきなり

「社会の歪み、ニート」から

「社会の正しい人間」

になってしまったときは驚いた。

女ってすげえ、こんなに守られてるのか、と。

だからみんな結婚したがるのか、と思った。

115キロから50㌔に痩せたときと似てる。

何も考えずに歩けるってことが衝撃だった(結婚よりびっくり)

うわ、みんなこんなにラクだったんだ、と。

家の鍵をなくして、警察に届けた。

そしたら届けをつくるために、

警官が二人家まで来てくれて、事情聴取。

若くて爽やかな青年警官。

警官 「ご職業は?」

わたし 「あ、主婦です(←少し誇らしげに)」

警官 「すいません、主婦は無職なんです」

といって、職業の所に 「無職」 と書かれた。

そ、そうなのか・・・・。

軽くショックだった。

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2009年2月28日 (土)

自分の世界 他人の世界

自分に都合のいい人間しか認めないくせに、

「人を受け入れたい」とか、よく言う。ただの自己陶酔。

人を「受け入れた」ことで自分の「世界が広がった」気がするのは、

「人の世界」を呑み込んだだけ。

相手の世界を受け入れられないから、

「自分の世界用にゆがめて」呑み込んだだけ。

それなのに勘違い。

「わたし、この人の事、また少し理解できたわ」

って。

相手を否定しただけなのに。

なんども繰り返し相手を否定して、呑み込む。

「わたしの世界」はどんどん膨らむ。そしてそれを

「また新しい考え方が出来るようになった、成長したわ」

って思う。

自分の世界を現実から遮断し続ける技術を得て、仕事したつもり。

わたしの中には、わたしの理解できないものはない。

わたしの価値観で裁いて、選別した、都合と居心地のいいものばかりだから。

だけどいまもう、パンパンに膨張して、ほつれそう。

わたしの世界では、説明がつかないものが、またやってきた。

わたしはまた呑み込む?、、、

わたしの中から無駄な労力だ、無駄な努力だと声がする。

歪めても、歪めても、侵略者はつぎつぎとやってくる。

奥歯がギシギシ、壊れそう。

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2009年2月23日 (月)

「愛」の成分

愛を知らない人間が闇雲に愛を信じようとするとき、

愛の奴隷になる。

テレビで観た愛。世間が唱える愛。

愛を知らない人は、愛がないことを責められるのを恐れて、

愛を知ってるフリをする。

そこらで流されてるドラマの愛を「これが愛なんだ」と信じる。

そして、その愛のいいなりになってしまう。

愛が何かを知らないから。

だまされない。

あれは愛された人向けの愛。

わたし向けじゃない。

愛を知らない人向けの愛は、テレビで流れてない。

愛を知るためには、冷静でいないと。

愛がある人を目の前にして、

愛がないことに罪悪感を感じたり、

同じ愛を欲しがったりすれば、たちまち飲み込まれ

自分を見失う。

人に愛されようとか、好かれようとか、守られようとか、しない。

人に期待しない。守って欲しくても、媚びるな。

かわいこぶるな(かっこいい男の前ならいいかな?いいとも。。。)

どっちにしても、じっと我慢の子なのだ。

冷静になるべし。

「愛せない、愛されない、人が嫌い」と嘆く前に、まず、愛の正体を知ろう。

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2009年1月19日 (月)

ことばの石ころ

メンヘル本で結婚のくだりを書いていて、

「こんな露骨なこと書いていーだろうか==;」

と思うことがある。

まあ、いいと思うからかいてるんだけど。

「結婚は、自分の人生から逃げたいから」

とか。(雑誌にも似たようなことを書いたが・・・)

どんな素敵な物語も、装飾を外せば言葉はまるで棒っきれみたい。

建物の骨組みと一緒。

絢爛豪華な舞台を見て今までないくらい感動しても、

そのテーマは、

「愛は素晴らしい」

とか

「生きることは美しい」

とか、

そんな誰でも考えてるようなことが骨組みなのだ。

(だから共感できるんだけど)

骨組みがしっかりしていて、そこにどんな肉付けをするかで

感動できる・・・・って、漫画スクールか。

話を戻して、夫の言葉。

夫は昔から言葉がまるのまんま、骨組み。

木の棒とか、たまに鉄パイプ的な。

飾りがない!!T▽T

でも、わたしはそんな言葉が結構好き(のろけか)

結婚って、なんだとおもう?

わたしがそう聞いた。

すると夫・・・・

「結婚して子を作り、育て、老後を子供に養って貰うシステム」

・・・

ちょ・あ・ちょ・・・・ちょ、、、、、

・・・・・っ。。。。

絶句。

嫁が何も言えないでいるのを見て、不敵に笑う夫。

まあ、たしも笑ってしまう。

そりゃそうだろうけどさあ(笑)

棒過ぎるでしょ!

みたいな。

夫は言葉に頓着しないけど(逆か?てか男の人はそういう人が多いのかなあ)

わたしは言葉をゆがめて捉えすぎ、

メンヘル漫画をかいてて、つくづく思った。

本当は言葉は全然聞いていなくて、その言葉を取り巻く空気の、

いちばんとがった部分を聞いてしまう。

たとえば、

「気にしてないよ」

って言ったときの、

「気にしてないよ」と言わざるを得なかった状況とか、

そこに焦点をあわせようとする。

「気にしてないよ」っていうのは、

気にしてるから言うってことがあるだろう・・・・・

「本当は気にしてるんだ」

と思う。

そんで、そこにとらわれれて、翻弄される。

なぜなら、自分が不安だから。

「気にしてないよ」

と言われたとき、そのひとはやさしい人か、意地悪な人か?

「ちょっと気になっちゃった、でもそしたらこの人は気を遣うだろうから、

気にしてないよ、と言ってあげよう」

なのか、

「気になることをされた。許せない。

気にしてないよ、とわざわざ言って、責めてやろう」

書いてわらえる。

わたしは本当に歪んでいるなあ。

そんな陰険な面倒な言い方をする人がそうそういるかYO、、、、、

認知歪みまくってます。

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2009年1月12日 (月)

本当の強さって何 本当って何

身内の目もあるブログでこんなこと書くのはなんだけど、

わたしはそのときに好きな男の影響うけやすい。

仕事も生活も。

で、なんで男に影響を受けるかというと、

男=強いもの

と思ってるから。

強いものには、守ってもらいたい。

守られるためには、その男のお気に入りになる必要がある。

だから、男のご機嫌を伺うために、男の好みに合わせたりする。

よくある普通の女

そうやって考えると、がっかり。

なーんだ、わたしってすげー、フツーだな、と。

女は自分が男より弱いと思ってるから、男のお気に入りになろうとする。

でもそれって、男を利用するってことだ。

強いモノに守られるためには、好かれたい。

だから「女」をフル活用して、可愛くふるまう・・・

うーん、ふつうだ。

みんなふつうにやってる、あたりまえのことだ。

知ってたけど、改めて考えると、しみじみする。

深く考えると、フェミニズム団体に入っちゃいそう。

面白いけど話を戻す・・・

でも、「弱いものを守ってあげたい男」って、強いんだろうか。

弱いものが好き、っていう時点で、

支配しやすそうだから、と思ってるのかも。

支配されてラクなのは、

やっぱり弱かったからだと思う。

自分の考えや、やりたいことを我慢してでも、

変わりに男に戦って貰うほうが、自分が傷つかないですんだから。

「そんなこと言って、おまえ責任とれるのか!!」

と言われたとき、とれないから。

いや、支配されてる人に誰もそんなこと言わないか。

子供あつかい。

半人前あつかい。

責任を問われないけど、手柄をたてても

それは「支配者」のもの。

強いものの支配から自立したい、と思う。

自分の考えてること、やりたいこと、やりたい。

そのことで生まれる責任も、自分でどうにかしてみたい。

したい、してみたい、できるようなきがする。

自分も強くなりたい・・・・。

でも、自分で立つんだ、立つんだジョーと気合いを入れてみて、

ハタと気が付く。

強い、ってなんだ??

と。

強くなりたい、強くなりたいって言ってるけど、

わたしはどんな強さを目指してるんだろう???

と・・・。

いままで自分が強いモノに支配されてきて、

それが「強さ」だと思ってきた。

だから、気が付いたら、

自分も、自分より弱いものを「支配しようとしてる」・・・・。

強さ=支配することと思ってる。

愕然とした。

本当の強さってなんだろう。

そして、「本当」ってなんだろう。

わたしはいつも「本当」を探してるような気がする。

「本当」っていうのは・・・・・

自分の心が出してるサイン。

「みんなは」「社会は」「世間は」「友達は」「親は」「夫は彼氏は」「男は女は」・・・

そういうことに紛れてわからなくなってしまってる、「本当の気持ち」。

わたしが求めてる強さ、それはなんなんだろう。

醜いから封印してるのかも。

支配して崇拝されたい、尊敬されたい、感謝されたい、

それが本当の気持ちかもしれない。

でもそれって、たったひとつ。バラエティがない。

わたしの世界は狭くて、選択肢が少なすぎる。

強くなるということは・・・・どういうことなんだろう。

ふう。

知りたいな。

出掛けます。

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2009年1月10日 (土)

ギフト。

20前後の音楽家を目指す青年に、

「絵が描けるって、神様からのギフトですよね!」

と言われた。

そうかも、と思った。

そして

「若いのにそんなふうに考えるんだ。すごいなあ」と思った。

わたしの20のころは、そんなふうに真面目に考えたことがなかった。

そして30半ばになってもまだ「人生ツライ、ぐじぐじ」

と言ってる自分が後ろめたかった。

あるとき、同業者に、

「あなたがいつまでもウジウジつらがるのは、

少しばっかり絵がかけて、

それが多少なりとも評価されてしまうからだよね」

と言われた。

頭に来た。

でも、そうかも、と思った。

若者は、才能=ギフトって感じでキラキラしてたけど、

障害だってギフトだもんね。

神経症になりやすい脳味噌だってギフトだ。

生きること=与えられたものをこなす、っていう覚悟があれば、

きっとグジグジ言わないんだろう・・・・。

わたしはまだ覚悟が出来てないから、

自分が他の人よりもツライんだ、とか、

ああつらい、ううんつらい、と、ぐじぐじ言ってしまう。

みんなツライのに。

ツライのからは逃げられないと悟ってるのに。

本当は諦めがついてない。

もっと辛くない人生があるんじゃないか?と

きょろきょろ・・・・・・目が泳いでる。

いい加減にしないと・・・・UU;

最後のあがき。

うっすらわかりつつある。

ないんだ、つらくない人生なんて。

はぁー、

ある哲学者が

「人は幸せになるために生まれてきたのではない」

と言っていた。

そうかもしれない。

自分というものに与えられた材料(からだ、あたま、のうりょく、その他)を

使って生きればいいだけ。

自分らしく生きることがいい。自分を生きると、生き甲斐がある気がする。

だから神経症の脳味噌で考えて、

ハナ●ソ程度の才能をこきつかって漫画もかかなきゃ。

旦那もいるし子宮もあるから子供も作らなきゃ。

わたしは与えられたものを充分使ったぞ、と後悔せずに死んでいきたい。

あああ、やはりじぶんのことばかり考えている。

自分さえ満足すれば、まわりの迷惑はどうでもいいのかいっ。(そう)

わたしが幸せ=まわりも幸せという

ジャイアン意識がとれない・・・なんで??

強欲すぎ??けち??貧乏根性??

キョロ(・_・ )( ・_・)キョロ

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2009年1月 5日 (月)

めんへるトーク

よいてんき★よい気分☆

今日は安定剤をのまんどこ~~♪

だったのだけど、顔のヒキツレがつらくなってきて、

結局、頓服のデパスと定期的に出されてるワイパックスごく。catface

はあ~~~っ・・・・。。。。安穏。。。。

顔ヒキツレもゆるまる。

気分もリラックスで・・・・HAPPYー。

うあー、

クスリ飲まなくてもこういうふうになるにはどうしたらいいんだろ??

クスリ離れを目指してゆるゆるがんばる。

友人が安定剤を飲む機会があったらしく(あっちゃいけないんだけどね~)

お酒と安定剤とハルシオンミックスで飲んでみたらしい。

んで、半ラリでメールが来た。

「ぜんぜんハイになんねー。ちょっとボーっとするくらいじゃん、つまんね」

と。

そうでス・・・

安定剤も睡眠薬も、普通飲んでもなんも変わりまセン>▽<ギャハ

基本、落ち着いて眠くなるクスリなので、ぼんやりなるだけです。

ハイになって覚醒、目が冴えまくり!

っていうのは、副作用です。

ハイになるのは稀かも。記憶が飛んで、その間にハイ?とかはあるのかな。

もともと、「ハイ・ロー状態をフラットにする」クスリ。

だから覚醒剤やリタリンのように

(リタリン=合法覚醒剤と呼ばれたクスリ。現在めったに処方されない)のように

作用が「ハイ(アゲめ)」のクスリのようにはならないです。

わたしは安定剤でハイになりますが、

それは普段の状態がウツだからと思われます(UU

抑圧や抑制がとれるから、明るくなったり喋ったりできて

「楽しいなあ」と思えます。うー、ださいなあ。

やっぱり、クスリは病にしか効かないということなのでしょー。

フラットになることで充分ありがたいわたしにとって、

もともとフラットのクセに、さらにハイになろうとして

向精神薬や覚醒剤や麻薬をやるやつらには超・ムカついてました。

「法律にハンするワルイコトだから!!」と

思っていました。

でも最近、自分の中に、「嫉妬」があることに気が付いたのです。

楽しく遊びやがってチクショー!!

みたいな。

こっちは生きるために半泣きなのに!

器用に生きれる人間のクセに、ずるい!!

みたいな。

結局、正論・正義のふりをした嫉妬でした。

電車の携帯電話にやたら怒るおっさんと同じですね。

自分がルール守ってるから、破られると損したような気がして

腹が立つんですね。

非合法も合法も、すぐ手の届くところにある時代にナリマシタ。

精神科も刑務所も、あなたの立っているフィールドと地続き。

別世界と思っていたものたちに突然襲撃されるとき、

自分っていう人間が何を支えにしているのか、はっきりわかります。

そのとき、取り返しの付かないことにならないよう、もっとリアルな想像力を!

そう思います。

何より自分に。

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2008年12月15日 (月)

I have no standard

最近お気に入りの言葉

「わたしはスタンダードを持たない」


わたしは I have 超 standard だからとても憧れる

どのくらい素直になれるか
自由になれるか
どのくらい解放できるか…

今この、スタンダードの中で。


スタンダードとは、まずなんにゃ?cat

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2008年12月12日 (金)

延々と過食

はあ(;;;´Д`)

先々週はよかったのに、どうしてこうなるんだ??

ふーっ

体を置いてどっかいっちゃいたいよ~~~

いか~~ん

立て直せ~~~

はぁ┐(´-`)┌

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2008年12月 7日 (日)

まるでちがう

メンヘラの自分の思考回路とか、

漫画にすると、

編集さんとかに読んで貰えるんだけども。

その感想にびっくらたまげてしまう。

「そっかーーーーーーっ!!!!!(目から鱗」

と、思ってしまう。

「こんなふうに考えるんですねー、メンヘラの人は。すごいびっくりしました」

と、言われることが多いのだ。

それは、わたしにとってもそれは驚きだった。

わたしはそのメンタル不健康な、物事のとらえ方(考え方)で35年生きてるから、

染まりきってて、自分の中ではそれほど違和感がないのだ。

こんなへんてこな考えかたでも、

それなりにみんなにわかってもらえているハズ、

ぐらいに思ってきたのだ。

だけど「びっくりしました~~」とか言われると

もう・・・・・わたしもびっくりしてしまう。

そう・・・・

神経症の人間の思考回路は、

ふつうの人たちは、わからないのだ。

同じように、神経症気味のわたしには

普通のひとたちの思考回路を

わかってない、のでは。

とても衝撃。

いろいろ思いが交錯してうまく言えないけど。

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2008年11月21日 (金)

素直

「素直になれよ」

と、言われてブチ切れて泣いた。

という、思い出。

でも

今も

「素直になれば?」

と言われると

とてもつらい。

素直になれというなら、

素直になる方法、教えてくれよ。

なんでみんな(特に男は女に)

素直になれ、素直になれと

強要するのだろう。

あるときは

「僕をこころの支えにしていいから」

言われた。

なにがこころのささえだYO!

てめーヴォケ!

とってくおうとしてるんだろが!

と思います。

支配したいんだろ、と思います。

でも面と向かって言えないので日記にかいたり漫画にかいたりしてます。

でも、お酒とクスリがあれば、素直になれます。

もしくは目的があるとき。

人間不信の私は、人も自分も道具です。

愛されたいけれど、

愛してみたいけど、

愛が何かが、わかりません。

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オーバードーズ

オーバードーズ(クスリ過剰摂取)をしていたときの話を漫画におこしていたら、

なんか困ったテンションになって、眠れなくなってしまった。

睡眠薬もなかなか効かず、

ふと「もう少し飲んでみるか」と数年ぶりにたくさん飲んでしまった。

安定剤。

っても、ワンシートにもならないけど。

しかし、翌日はげしく後悔。

めちゃダウナー。体も200キロぐらいに重苦しく感じる。

まー後悔。

ダウナーなのに、家事もあるし、締め切りもあるし。

つくづく昔とは違うんだと思った。

もーやめます。

オーバードーズ、やっぱり普通じゃないことなんだなー。

胃が・・・・げろお。きもちわる。

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2008年11月 6日 (木)

強迫神経症

取材(?)兼ごはん。。。。

元編集さんからメンタルヘルスの話を聞く。

(現在は編集者はやられてない)

強迫神経症の話。

わたしはなったことがない神経症だけど、

これも大変そうな症状だった・・・(;;;´Д`)ゝ

Cocolog_oekaki_2008_11_06_00_40

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2008年10月27日 (月)

産婦人心療内科とまんがとヤク。

二週間の定期通院。

目新しいことは…

「ど〜っしても、対人緊張で地蔵になってしまうときあるので、

頓服くらはい」

とゆって、安定剤の頓服もらう。

ワイパックスでよかったんだけど、出たのはデパスだった。

デパスかぁ…(^-^;

デパスって、わたし効果あったっけ… ヾ(*゚A`)ノ

睡眠薬用に貰ったことはあるけど。

パニック障害とかに使ってるみたいだけどねー。

個人的には、ミツゴの魂で、「ジアゼパム」が好きなんだけどねー゜.+:。(*´v`*)゜.+:。

もう流行らないらしいね、ジアゼパム。

レキソタンでもよかったんだけどね。

少しかっこいいから(わら)

あと、下剤貰ってたんだけど、それ気持ち悪くなっちゃって飲めない。

でも下剤を飲まないと太る(痩せない)ような気がするし、と

過食症者ぽい悩みを言ったら

漢方の下剤をもらう。

最近流行の「痩せる効果も多少有り」の漢方らしい。

やったーp(^^)q?

いや~~・・・・

メンヘルの本を読んで

メンヘルのマンガを描いて

メンヘルの病院へ行ってね・・・・

はっきりいってもうウンザリだ。

てか、ネームが出来ない。悩みを漫画に書くのに悩む、っていうのがウンザリズム。

悩みを描くために悩み、答えの出ていない悩みが芋蔓式に出てくる。でてくるな!!

冷静になれ!それはメンヘルの悩みではなく、マンガが下手だという悩みだー!

・・・・悩みの合わせ鏡の世界のようだ。。。。

うう・・・

メンヘルなんかあ~~!!

あたしを苦しめるメンヘルなんか

嫌いだポイ!!!!!。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。うわぁん

ううっ・・・。

でも描くけど・・・・

実は、100P単位の書き下ろしマンガの仕事がウゴイテオリマス。

やっとスタートできそうです。

(アリガトウゴザイマス(=゚ω゚)ノ o(_ _)o)

メンヘルな自分に溜め息出るけど、

でもこれは今、描いとかなくちゃと思うような、

そういうのってあるよね。

そう思ったから、かいておりまつ。

なんとか頑張りまつ。たぶん大丈夫。

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2008年10月26日 (日)

心理本メモ

いろいろ心理本を読んでアタマを整理。

いま自分でメンヘル書くのに、

読んだら影響されすぎて駄目かなと思ったけど、

欲望に負けた(**)

なので、一人の作者の本ばっかりじゃなくて

いろいろ読んでみることにする。

自分の受け入れ方 (PHP出版)

加藤諦三 著

感想)

神経症者本人が読んでもいいかも。わたしはいまは一番好き。

神経症や親に恵まれなかった作者の情念がこもってて、力強い。

作者のイメージは、ガンコ粘着じいちゃん。

神経症者に、「俺の考える最善の道すじ」を全力で伝えようとしてる。

迷おうとすると、「その迷いの答えは○○!!はい、進む道はこっち!!」みたいな。

ちょっと前の、真剣なNHKの集金の人を思い出した。

「主人に聞いてみないと・・・」とか

「NHK見てません」とかで

支払いを逃れようとしても、すごいテクニックで全部道筋を塞いでくる。

そして払わざるを得ないようになる(払うのが正しいんだからいいんだけど)

とにかく、真剣なのだ。

「自分を受け入れろ」というクライマックスのところは

真剣すぎてちょっとなごんでしまった。

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「困った人たち」の心理分析(ファイル)

伊藤友八郎 著 (オーエス出版)

(作成中

社会派なかんじ。作者はワルぽい?イメージ。

知識が増えておもしろいけど、言葉がそのまますぎて

患者には少しこわいかも。

宗教とか非合法ドラックとかまで、簡単に

説明してくれるところがすごくいいと思った。

******************

母を恋して太る人、彼を愛してやせる人(マキノ出版)

「3日後日記」でダイエットに成功する!

岩月謙司 著

いろんな表現があるなあ、と思う。作者は親戚のおじさんっぽい感じ。

「三日後日記」というのは、なるほどなあと思う。

過食をするようなひとたちは、すぐに自分の感情がわからない。

(相手やまわりにどう思われるかというのが先に来てしまうから)

三日たったときの気持ちでホントの感情(気持ち)を判断させようとするのは

いいかもしれない。

セラピストに、「怒れ!」と、相談者に怒りを感じさせようとするテクがある。

それに少し似てるかも。

母親への怒りに気がついてない人には衝撃的かも。

怒りに気がついて「それはもういいか」と

思ったつもりの私でも、うっかり怒りが湧いてしまった。

おそろしい本だ。

いい子でいるな!怒れ!

というセラピストは多い。

だまってることで病巣は膿んで、ぐじゅぐじゅにただれて、そこにいる全員

誰一人幸せじゃなくなる。不幸の巣。

わたしも一度壊してしまうほうがいいと思う。

(ずっと変わらないほうがおかしい。家族関係は自然に形を変えていくものなのに、

みんなが不自然に保とうとしてるから腐ってしまう。一度壊して、新しい形をさがす・・・

・・・・「さがす」ことで、価値がわかったりする。重要なこと、そうでないことが)

でも、

「怒れ!」と相手にいうのは、セラピストや医者や、

役目や責任と・・・・もしくは本当に愛情があるひとじゃないと無理と思う。(愛情ってなんだべー)

波風おこすのは大変なことで、その波風に飲み込まれて死んでしまうことだってあるし。

絶対に傷つくから、ある意味死んでもいいくらいの覚悟が必要だし、

それで結果ほとんどは死なないけど、やっぱボロボロになる。

そのときほんとに力になってあげられる人しか

言っちゃいけない言葉だと思う。

でもやっぱり重要なのは「見分ける」テクニックかな。。。。うーん

「子供の幸せを喜べない母親がいる」という考えはドキっとするかも。

加藤諦三さんの「嫌い合う親子がいる」という考えとおなじ。

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なぜ「困った人」なのか (大和書房)

小此木啓吾 著

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さくせいちゅう。

物語風で楽しい。ドラマのキャラ設定みたい^^

作者は・・・・話が面白い国語の先生風?

******************

※作者イメージはすべて本を読んでわたしが勝手に感じたものです。事実とは違います

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2008年10月21日 (火)

ほんとの自分


自分を知らなければ自分の人生は生きられないのかも


理想低めに生きよう


わたしにはそれくらいがちょうどいい

もー夢
みん(ノ><)ノ


追い掛けない

探さない

他人と自分をごっちゃにしない


ほんとの自分はここにいるしょーもない自分


それ以外におらん!(ノ><)ノ

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2008年10月18日 (土)

闇嫁o(><)o

安定剤忘れて、緊張のため硬直、視線恐怖にとらわれ。肉体がんじがらめにして
めったくそつらかったぁ〜(*_*)はふーん
頭にはわかりきった理屈はあるんだけと理屈じゃない

帰宅後安定剤をささと飲んで対応

らくになる

理屈はわかるけど理屈じゃないんだ…

これがわたし

『がんじがらめ』を解きたくてクスリのんで


やっとたどたどしく心身を発動できる

クスリは自分をプラスにはしてくれない
マイナスをゼロかゼロに近づけてくれるだけ

ゼロからは自分の努力

わたしはもっと相手を気を楽にしてあげたい…

楽しんでくれた
わたしも嬉しい(:_;)


わたしが楽になって、みんなもらくになる

それがわたしの薬を飲む理由


(:▽;)あはははははは

わたしって痛いやつ…涙でちゃう


人に与えられる優しさがほしいよぅ(T_T)

わたしは人が信じられない

人と触れ合うと身体と心がキューっとちじこまって、固く固く閉じる
そしてみうごきが出来ななる
本当に伝えたい言葉や行動はすべて身体の中で呪文のようにぐるぐるとまわる
だけど表明は閉じているので出口がない


人は自分を傷つけるかも、という不安がとれない


トラウマ


でももーそれは昔の傷
かさぶた

そーおもうけど


ぅー



でも喜ばれたweep(┬┬▽┬┬)

めちゃくちゃがんばった…

よかった!(T▽T)
次も頑張ろう〜!\(T▽T)/

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2008年10月12日 (日)

煙草と過食

煙草と過食
タバコ吸いたいなぁ(*_*)
ふと たびたび たまに
思う。

でもどう考えても吸わないメリットのほうが
多いから吸わないけど

吸えばまたあっという間に
三箱とか吸うようになってゃうだろうし(歯止めきかないわたし)

やめて三年

いまだ吸いたい

夢でも吸っちゃうしね

煙草をやめられるように
過食もやめられないかなぁ

メリットない同士
あるのはその場の快楽のみ
その場の快楽って魅力的だもんね

動物だ〜か〜ら〜♪(なにいってんだばか)

タバコは単品だからやめられるけど、
食べ物は『やめる』わけいかないから難しい
食べるは食べるしかない

動けなくなるまで食べなくてすむ
『動く理由』ほしいー

人生が終わるー(*_*)

過食症の人生

ちきしょー
なんでこんな目に

過食症と向き合えば良くなるかなぁ?

他の神経症みたいに…

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